今更だが映画「百万円と苦虫女」の感想を書く。

監督タナダユキ 主演蒼井優の映画です。

「自分探し、みたいなことですか?」「いや…むしろ探したくないんです。探さなくたって、イヤでもここにいますから」

自分を知ってる人が誰もいない場所を望むため、百万円貯めたら次の街に行く女の子のお話。重要部分結構ネタバレです。
素晴らしかった。以前、監督であるタナダユキ蒼井優ちゃん主演で映画を撮りませんか?と言われて制作に入った映画です」と言っていた。その通り、この映画は「蒼井優蒼井優による蒼井優のための映画」といっても過言ではない作品だった。序盤の「シャバか〜」「♪シャバダバシャバダバ」というセリフを言えるのは蒼井優だけだと思う。

蒼井優演じる鈴子の線の細さ・繊細さが際立つ。「百万円貯めたら、出て行く」そんな唯一の芯、その芯さえも繊細なのである。何故なら、彼女の旅の目的は「自分探し」ではなく「自分隠し」なのである。

誇れるものは何もない。自らを価値のないものと思い込む自己喪失。きちんと向かい合わず、逃げることでしか世間と折り合いを付けられない鈴子の感情が、非常にリアルで共感を呼ぶ。しかし、街街で出会う人々は鈴子の「しょーもない才能」に目を付ける。自分の存在を認めたくない鈴子にとっては、そんな些細な才能でも他人に褒められることも嬉しい。けど、どこかしっくりこない。何故なら、そこで出会う人々は鈴子を鈴子としてではなく、「都会から来たカワイイ女の子」としてしか見てないのである。そして、人間関係の構築が嫌で旅をしているのに、旅先で新たな人間関係を構築されてしまう。そんな人々と係わり合いになりたくないのに、何処に行っても面倒に巻き込まれる。そして、彼女は苦虫を噛み潰したような表情になる。「人に気を遣って生きる必要なんてない」と弟に言い張る一方で、自分はやっぱりその通りには生活できない。場所場所で出会う相手から、一方的に深い人間関係を作られようとしていることに恐怖を感じ、100万円貯まったことを理由に逃げ出すのだ。

現実は自分の望むようにはならない。弟の身に起こる残酷なサイドストーリーも存在する。鈴子は場所場所で、弟へと愛情一杯の手紙を書く。しかし、そのナレーションをバックに流れる映像で、弟には残酷なイジメ描写が続いていく。この姉弟はそれぞれの壁にぶつかっている。

そして、鈴子は地方都市を訪れる。そこで、自分をしっかりと「1人の自分」として理解してくれる中島という大学生に出会う。しかし、この中島も鈴子と同じように無意識に「自分隠し」をしてしまっている存在である。2人の恋愛模様は、どこかぎこちなく、みずみずしいものであった。しかし、2人は恋愛自体をどこか楽しめていない。自分の気持ちを正直に伝えられない。それも、失いたくないが故なのだ。これは、未だに自分に対して自信がないことが原因なのである。ここで、鈴子は他人との人間関係の構築の難しさと同様に、自分自身の気持ちと折り合いをつけること方が難しいことを知る。

様々な経験や手紙によって、「人は別れるために出会う」のではなく「出会うために別れる」と考えられるようになった後の最後のシーン。「逃げる」のではなく「吹っ切る」ことを覚えた結末は切なくもあるのにどこか清々しかった。

弟の結末には納得できないが、映画としてあの展開に持っていくなら仕方ないのかな。

映像としては、シーン1つ1つが柔らかい。蒼井優のアップが非常に多いんだけど、すごく魅力的。女性目線の美しい蒼井優。女子高に通っていたタナダ監督だからこそ撮れた映像だと思う。所々に残酷さが溢れている美。また、コメンタリーを聴くと、とても些細なことにもこだわりをもって撮っていることがわかる。まさか、氷のカランコロンも狙いだとは!!そして、確かに海は荒れてたなぁ(笑)また、ピエール瀧さんが演じる女性が苦手な純朴な男も良かった。また、やっぱり森山未来好き。紙ちゃんカワイイ。